陸軍

まだ銀座の並木座があった頃、終戦記念日の前後の週は必ず戦中の映画が上映されていた。今でも忘れられないのが木下恵介監督の「陸軍」だ。戦中に制作された戦意高揚映画の一本で、台詞は戦争に行って死ぬことを美化しているようだ。 ただ、ラストの出兵する息子を見送る母親を演じる田中絹代の台詞の無い表情だけのシーンが延々と映し出される場面は、あきらかに「死なずに戻ってきて」と願う母親の気持ちで溢れている。その場面で僕の隣に座っていたお婆さんが声をあげてわぁわぁと泣き出してしまい、つられて僕も声をあげて泣いてしまい、気づくと映画館の客全員で泣いていた。それは、涙が頬を伝うどころではなく、声をあげて泣き叫ぶまさに号泣状態だった。 戦時中の公開時もそういう状況になったみたいで、木下恵介監督は、戦争が終わるまで映画が撮れなくなってしまう。

この作品、若者を戦争に駆り出すために作られたものだけど、笠智衆東野英治郎の頑固親父同士のユーモラスの台詞の応酬や戦前の美しい日本の街並み、子供が親を思う優しさは、映画として見応えがある。